リンカーンはアメリカンコーヒーを3杯飲んだ。鬱という漢字を書ける人は少ない

昨今、「うつ」という言葉が日常生活の中で頻繁に聞かれるようになりました。一昔前は、心療内科や精神科クリニックが現在ほど多くありませんでしたが、10年程の間に、日本各地で開院されていきました。

それに伴い、「うつ」も、より身近なこととして、我々の生活に認知されるようになっているのではないでしょうか。

鬱を漢字で書ける人は少ない

さて、平仮名で「うつ」と書くと、その意味は響きやイメージに寄りがちになりますす。おそらく、多くのイメージは、エネルギーを使い果たした状態や、勢いなく沈んでいるような状態に近いと思います。確かにこのイメージは間違ってはいません。

また、うつは漢字でも表すことができます。しかし、その文字は非常に難しく、漢字検定でも1級辺りに出題されるのではないかと思います。

とても、覚えられそうにないほどに、画数も多く、色々なものが入り混じっている漢字です。筆で書いたら、細かい部分はより表現できず、真っ黒にしてしまいそうです。

また、何度も練習して書き方を覚えたとしても、とても1年後にまた書けるかと思うと不安です。苦労の割には徒労に終わりそうです。

しかし、専門家は書けなければいけないのでしょうか?

漢字

鬱を使う表現

日常ではまず見かけない漢字ですが、鬱蒼という言葉であれば、使ったことのある人も多いと思います。

鬱蒼とは、木々がやたらめったらに茂った様子を指したりするときに用います。

この用法を聞くと、「鬱」はエネルギーの枯渇というイメージよりは、どこかエネルギーの充満という方がよりイメージに合いそうでもあります。行き場のないエネルギーが、どんより漂っているような光景が浮かんできます。

カウンセリングにおいても、鬱がテーマとなることがあります。一般的に、休息が大前提ですが、しかし、充満、滞りというイメージも合わせて考えると、もっと別な視点も必要なのではと感じています。

どの方向にエネルギーを使いたいのか、どの方向なら充実感が得られそうか、このようなこともお尋ねしたくなってきます。

考えてみれば、我々は、どうでも良いようなことにエネルギーをたくさん消費させられることがあります。

例えば、形式だけの書類作成などは、面倒ながら、充実感を得られるようなものではありません。

あまり、神経を込めすぎて消耗するよりは、ある程度流してしまった方が良いのでしょうか。他にもたくさんやることがあるわけですから。しかしなかなか、されど1枚の書類がやたら重かったりもして、非常に大変な世の中です。