親類と顔を合わせることが苦痛に感じる。結婚は?就職は?

母や親族と顔を合わせることが苦痛と感じる状況のは、どのような時なのでしょう。

家族は和気あいあいというようなイメージを持たれがちだと思いますが、逆に険悪な雰囲気であることもよくある話です。

時に母親や親族が自分にとって脅威の存在となってしまうこともあるのではないでしょうか。例えば、冠婚葬祭では、普段顔を合わせない親類と会うことになります。

「長男なのだから・・・」とか、「結婚はまだなの?」、「そろそろ課長くらいになった?」などという言葉が行きかいそうな場面です。本気で説教をする親類も中にはあることでしょう。

当人は失業中かもしれませんし、結婚の当てもないかもしれません。親類の何気ない一言は時に大きな苦痛になりそうであります。

親類から金の話をされる

さて、現代社会において、経済的自立は様々な困難があります。例えば奨学金の返済一つでも、月に1万円以上の出費になります。

一人暮らしをする若手の社会人にとっては、この1万円の捻出は大変なことです。実際に返せない人も多く、ようやく返済猶予に関する制度が見直されるような状況になってきました。

また、正規雇用であれば、各種保険料をあまり気に留めることはないかもしれませんが、時給で働く人にとっては、その金額の大きさに圧倒されることもあると思います。住民税に国民保険から国民年金、その他雇用保険など、合わせて、3万円以上もひかれるのですから、大変なことです。

このような中で、いつまでも経済的自立できないことを責めらた時には、嫌な気持ちを体験すると思います。不甲斐ない気持ちを抱く人もいるでしょう。

仕事を否定される

これも経済的な事と関連する部分がありますが、仕事自体を否定される場合もあると思います。

親類目線からすると、もっと稼ぎの良い仕事があるのではないか?、今からでも転職した方がましなのではないか?、もっと安定した働き方をしないと結婚もできない・・・などと嘆かれた経験を持つ人は日本中に少なくないと思います。

しかし、本人にとって、その仕事を得るまでに費やした時間や苦労はどうやっても報われそうにありません。

こうして自分の仕事にプライドを持てなくなってしまった人もあるのではないでしょうか。実際に転職した人もいると想像しています。

無視するわけにもいかない辛さ

社会人になってもお金を両親から借りている人は、かなりの数いると思います。結婚してからもそういうことはあると思います。

しかし、それはあまり表には出てこない事実でもあり、お金をもらいながら愚痴を言われる人も多いのではないでしょうか。

お金は必要だが愚痴は言われたくない気持ちは非常に複雑だと思います。それならば自分で稼げればいいのですが、それも単純なことではない時代になりました。

時代や仕事事情は日々変化しても、一人前とか、仕事とか結婚に関するイメージはあまり変化を感じません。

イメージに押しつぶされる若者の姿が思い浮かばれます。

別サイトになりますが、母との関係もカウンセリングのテーマになり得ますか?も合わせてご覧ください。